中高生の8割以上が所属する部活動ですが、時代の変化とともに「少子化によりチームを組めない」「ニーズが多様化し学校では担いきれない」そして「先生たちの負担が大き過ぎる」などの課題が指摘されています。こうした社会問題を背景にスポーツ庁・文化庁が推進しているのが部活動の指導・管理を学校から地域社会へ移行する「部活動の地域移行」です。
筆者はこれまで100以上の市区町村の部活動担当者と意見交換を行ってきました。「部活動の地域移行」と一言で言っても中学部活動の完全廃止を宣言している自治体もあれば、地域と連携して緩やかに顧問教員の負担軽減を目指す自治体もあり地域によって差があります。こうした方針の違いがある中で共通して議論に上がるテーマがまずは「財源」と「指導人材」、そして「連絡・管理ツール」です。本記事では3点目の連絡・管理ツールの選び方のポイントをお伝えします。
なぜ地域移行に連絡・管理ツールが必要なのか
部活動の地域移行において連絡・管理ツールが必要な理由はいくつかあります。学校内で完結するこれまでの部活動であれば学校生活の中で教師と生徒が直接連絡を取ることができます。既に学内で利用されているGoogleClasroomやTeamsなどのシステムの活用も可能でしょう。しかし地域移行が進むと複数学校の生徒・教員・外部の指導者・保護者・地域団体など関係者が増え、これまでの学校部活動で成り立っていた方法でのチーム運営が難しくなります。
筆者が直接話を伺ったツール整備前の自治体では「せっかく地域移行を進めているのに、結局土日の保護者からの連絡が学校に来てしまう」「外部の方がわざわざ平日学校まで直接来て教員とコミュニケーションを取っている」などの悩みも聞かれました。
また地域移行が進むと外部の指導者への謝礼やチームを運営するための経費が必要になります。部活動地域移行の予算事情は市区町村によって様々ですが、どの自治体もこれまでの部活動以上の受益者(=保護者)負担を予算計画の中に組み込んでいます。管理者が保護者から集金する金額・頻度が増えるということです。それも管理者と部員が学内でいつでもコミュニケーションを取れる教員と生徒の関係性ではなくなることを考えると、従来の学校部活動が行ってきた”茶封筒”での集金を継続するのは現実的ではありません。活動費や備品購入の集金を行う仕組みが求められます。
こうした背景の中で必要性が増す部活動地域移行向けの連絡・管理ツールですが、どの様な視点から選ぶべきなのでしょうか。
部活動地域移行の連絡・管理ツールを選ぶポイント
部活動地域移行で使える連絡・管理ツールには様々な種類があります。どのツールを選択すべきかは自治体の置かれている状況や地域移行の方向性によって異なりますが、必ず抑えるべきポイントは「価格」「機能」「実績」の3点です。各視点の説明後に具体的に候補となる7つのツールを紹介します。
①価格
ツールごとの予算感を抑えて横比較することが重要です。基本的には機能性とのトレードオフになります。多くの自治体では地域移行の「インフラ」としてまずは公費予算の確保に動かれています。その場合、予算を確保できるかの検討を行うためにも現実的に財務部署に掛け合える予算範囲と照らし合わせて候補となるツールを検討しましょう。財源確保が困難で受益者負担を前提に計画する自治体もあります。この場合は価格レンジごとに候補ツールをピックアップしてメリット・デメリットを整理をし、最終的には移行先の地域クラブの管理者に判断を委ねるのが良いでしょう。
②機能
機能は多ければ良いというわけではなく多機能すぎてかえって使いにくくなることもあります。一方で当然必須の要件もあるので、まずは現場が求めている機能をヒアリングし各ツールに備わっているかを確認しましょう。連絡・予定管理などの基本機能から、活動記録・集金など地域移行が進むにつれて重要度が増す機能、試合分析や食事管理などのより高度なクラブ運営・アスリート育成で活躍する専門的な機能があります。
また、生徒・メンバーと指導者間のトラブルを防げる仕様になっているかどうかも重要な視点です。無料ツールほどSNSとしての色が強く私的なやり取りにもつながります。ツール選びと並行して自治体としてのリスクマネジメントの方針を整備することも必要です。
③実績
一般的な浸透度よりも部活動の地域移行現場での実績やお墨付きがあるかが重要です。特に移行期間は学校と地域クラブの橋渡しの役割もあるため、学校現場受け入れられた実績があることが望ましいです。
部活動地域移行で使える7つの連絡・運営ツール紹介
上記3つの視点から7つのツールを紹介します。
※2024年1月時点の情報です。最新の仕様は各ツールの公式サイトからご確認ください
<無料ツール>LINE・slack・BAND
まずは無料ツールを3つ紹介します。無料ツールは費用面での導入ハードルが低いのが最大のメリットです。一方で部活や地域クラブのために作られたツールではないため導入時のリスクがないかは確認が必要です。導入したツール内での連絡が私的なやり取りに繋がらないように、移行先の地域クラブの管理者に専用のスマートフォンを支給してリスク回避している自治体もあります。
LINE
- 料金:無料
- 機能:連絡〇 /1対1制限× /スケジュール△ / 活動記録△ /集金△/専門的機能×
- 実績:国内全世代の9割以上が利用
LINEヤフー株式会社によって運用されるSNS。メッセージのやり取りはもちろんのこと動画共有・投票機能もあり「連絡」に絞るとこれ一つで十分です。一方で、プライベートとの境目がなくなる点は留意する必要があります。SNSとして世の中全世界で人とつながれるツールなので当然ですが友達追加で1対1でつながることも可能です。こうした背景から学校現場でのLINE利用を制限する教育委員会も増えてきています。運用ルールの策定とセットでの利用をお勧めします。
slack
- 料金:無料版あり、有料版は年間11,100円/1人~
- 機能:連絡◎ /1対1制限△ /スケジュール× / 活動記録× /集金×/専門的機能×)
- 実績:全世界の85,000社が利用
Slack Technologiesが運営する全世界の多くの会社で使われているビジネスチャットツール。学校や地域クラブでの実績は多くないものの、SNS目的ではなく組織運営のために突き詰めて開発されているため、複数のチームを統括する大規模な組織の連絡手段としてはぴったりなツールです。無料プランだと連絡のログが残るのは90日までであること、私的やり取りのトラブル時に個別DMの内容を確認できるのは有料プランのみであることなどは抑えておきましょう。最初は無料ではじめて、状況に応じて有料プランへの移行を見据えての検討が必要です。
BAND
- 料金:無料
- 機能:連絡〇 /1対1制限×/スケジュール〇 / 活動記録〇 /集金×/専門的機能×
- 実績:会社団体、サークル、スクールなどでの実績多数
韓国のNAVER株式会社が運営する全世界で利用されているSNSです。グループ向けのツールのためスケジュール機能や掲示板機能などチーム運営に必要な機能が充実しています。LINEと同じく電話やビデオ通話も可能です。自治体の方針として1対1の連絡制限は不要、集金の仕組みを別で契約している場合には推奨できる無料ツールです。
<低価格>部活アプリ・LINE公式アカウント
続いて低価格帯で活用できるツールを2つ紹介します。ここからは費用が発生するツールのため自治体での想定予算の範囲内か、表記されている以外の費用が発生しないか、また試運転期間がないかなどを確認しましょう。
部活アプリ|BUKATSU MANAGER
- 料金:年間800円/1人~ ※保護者・指導者無料
- 機能:連絡〇 /1対1制限〇 /スケジュール〇 / 活動記録〇 /集金(準備中)/専門的機能×
- 実績:全国900の学校・地域クラブで導入
部活動・地域クラブ用に開発された管理ツールです。学校市場に強みを持つアスフィール株式会社が運営し、経産省「未来の教室」にも掲載されています。連絡・予定管理・活動記録・集金(リリース予定)などの機能を揃え年間一人900円(税抜)からの最小限の費用で利用できます。私的なやりとりを仕組みで防ぎたい、集金も同じツールで完結させたいとお考えの自治体にお勧めします。
LINE公式アカウント
- 料金:月額5,000円~ ※メッセージ数に応じて変動
- 機能:連絡〇 /1対1制限〇 /スケジュール△ / 活動記録× /集金△/専門的機能×
- 実績:非公開
「LINEを使いたいがプライベートとの混同や、メンバーと指導者の私的なやり取りを制限したい」場合はLINE公式アカウントの利用を推奨します。月に200通までであれば無料で使うことができます。例えば部員や保護者が合計50名いる場合は4通×50名までであれば料金はかかりません。これ以上の場合は通数に応じて月額5,000円~費用がかかります。ステップ配信やメンバーシップの課金機能など、連絡・管理を越えて充実している機能を有効活用できそうな自治体は検討すべき選択肢です。
<中・高価格> SPLYZA・Atleta
最後に高機能な2つのツールを紹介します。専門的な機能が充実しているため他のツールとの併用利用も検討すると良いでしょう。
SPLYZA Teams
- 料金:年間6,327円/1人~+初期費用22,000円+動画追加オプション等
- 機能:連絡△ /1対1制限△ /予定× / 活動記録〇 /集金× /動画分析◎
- 実績:クラブチームや部活動で導入多数
SPLYZA Teams(スプライザ チームス)は、選手自ら「課題発見」から「課題解決」までをサポートする映像分析ツールです。動画分析に強みを持つ株式会社スプライザが運営しています。動画へ書き込みタグ付けによってプレー動画を通してチーム内でコミュニケーションが取れます。地域移行をきっかけにより専門性の高いスポーツ環境の構築を目指す自治体は検討すべきツールです。
Atleta
- 料金:年間5,148円/1人~+初期費用16,500円
- 機能:連絡〇 /1対1制限△ /予定〇 / 活動記録〇 /集金× /コンディション管理◎
- 実績:東京都の「Sport-Science Promotion Club」指定校での活用実績があり
20以上の機能を搭載したチーム強化のための専門的なツールです。様々なヘルスケアアプリを提供する株式会社エムティーアイが運営しています。スケジュール管理やメッセージ送信に加えて、体調・体重・睡眠・食事・ケガ・生理記録など、アスリートにとって必要なコンディション管理をサポートする機能を多数含んでいます。こちらも専門性の高いスポーツ環境の構築を目指す自治体は検討すべきツールです。
終わりに
本記事では部活動地域移行における連絡・管理ツールの選び方をおまとめしました。重要なのは自治体の方向性や課題に合わせてツールを選ぶことです。ピンと来たツールが見つかったら、ぜひより詳細に調べて導入を検討してみてください。
最後に、これまで直接お話をした中で「独自ツールの開発を検討している」自治体もありましたがこれだけはお勧めできません。仮にツールの初期開発にかかる数百後半~数千万円の予算を工面できたとしても、その後のOS更新への対応や不具合修正など継続的に開発部隊を抱え続ける必要があります。(お話した自治体も最終的には既存ツールを使う方向に転換されました。)
Webツールは良いものがあれば皆で使うことで安価に質の高いサービスを受けられるのが利点です。まずは既存ツールを比較検討して最適な地域移行のインフラ整備を目指していきましょう。